かき氷の思い出 とりわけ「割り箸かき氷」

昔に比べて、夏の氷菓中におけるかき氷の地位は
著しく低くなったと思うのだがどうだろうか?

子供の頃、夏になるとかき氷をよく食べた。
家庭用のかき氷器があったのである。
専用の製氷皿で円柱形の氷をこしらえ、
かき氷器にセット。
ハンドルを回すと刃の間から細かに削られた氷が
しゃかしゃか出てきて、ガラスの小鉢の中に積もる。
鉢の縁より少しこんもりと盛りあがったら蜜をかける。
蜜をかけると氷は少し溶けてかさが減る。
その上にまた氷をしゃかしゃかと積み上げて、
今度はエベレストのように鋭角的に積み上げたら、
最後に蜜をたっぷりかける。

かき氷の蜜には色々あるが、僕はイチゴの蜜が好きだ。
イチゴといっても、それはフレッシュのイチゴではなく、
着色料と香料と酸味料で作られた偽のイチゴ風味なのだが、
それでなくては「正しい」氷イチゴにはならない。
普段は「自然!無添加!!」とうるさいのだが、これは例外。

かき氷は駄菓子屋にもあった。
駄菓子屋でもガラスの鉢でも食わせてくれたが、
それはおとなしく店内や店先で食わねばならないのが嫌で、
僕が食べていたのは割り箸を芯にしてアイスキャンデーの
ように作られたものだった。
それにこっちのほうが少し安かったと思う。
割り箸にどのようにしてかき氷を作るかというと、
専用の型があった。たぶんそれはブリキ製で、円筒を縦半分に
切って蝶番でつないだ形状をしており、その中に氷を削る。
たっぷり削れたら割り箸をセットして閉じて合わせてぎゅっと
絞めると、割り箸のまわりに氷が固まって、大きなアイスキャンデー
のようになる。
そこに好みの氷蜜をかけて渡してくれるのだが、実はこれが最後まで
上手に食べきるのが難しい。気を抜くと途中で氷がぼたりと落ちる。
あとは情けないツラをして地面の氷を見つめるばかりである。
にもかかわらず、懲りずに何度もその氷を買い食いしていたのだから、
よっぽどなにか抗いがたい魅力があったのだろう。
作る過程を見てるのが面白かったのかもしれない。
他にも、ソフトクリームのコーンだか、最中の皮だか、そのような
生地で作った小鉢のようなものに入れて出す店もあったように思う。
当然、最後に食える。

以上は昭和40年代の話である。
特に割り箸かき氷。今でもあるのなら食べたい。

ところで「正しい」かき氷は食べる場所も選ぶ。

冷房の入った部屋でかき氷を食っても全然美味くない。
「正しい」かき氷は屋外、若しくは半屋外で食うに限る。
時刻は暑い盛りの午後。空は快晴。照りつける太陽。
やかましすぎる蝉。

というわけで、諸条件が整い発作的にかき氷が食いたくなったら、
僕は三島大社の茶店でかき氷を食う。

kakigoori_2007.jpg

これは紛れもなく「正しい」かき氷である。
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